YUKI.gif

平成5年3月18日に生まれた有希
12年と4ヵ月後、この世を旅立って逝きました。
平成17年7月17日午前7時17分天昇しました。
残された私に出来ることは、娘が生きた証として、交通事故の
事実を伝え続けていくことだと思っています。
もう誰にも被害者にも被害者遺族にも、そして加害者にもなってほしくない。そんな思いを持ち続けて生きていこうと思っています。

それらの思いを一冊の本にしました。
  『ある交通事故死の真実 12年と4ヶ月の贈り物』 新風舎
アマゾンや新風舎のHPなどでネット販売しています。
日記『夢の終結』にも記しています。

 『永遠の愛 有希とともに』HPにて、事故の経緯や刑事裁判を記しています。
平成21年3月15日発売 文芸社より
再び『ある交通事故死の真実』を出版いたしました。

2009年03月06日

お知らせ

お久しぶりですかわいい
みなさまいかがお過ごしですか?

私は新たなスタートを切りました手(チョキ)

新たなスターとともに新しいブログを開設しました。
よろしければ訪問してくださいませるんるん

SHANTHY シャンティー
『こころの部屋ブログ』



posted by yuyumi at 22:11| 愛知 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月03日

最後のブログ

この数ヶ月、色々なことがありました。

2月、5日間と言う短い日程で、インドへ行ってきました。
インドはこの旅で8回目のになります。
昨年の3月にも16日間、三女とともに三人で行ってきました。
一年も絶たずに再び訪印することははじめてでした。
前回も今回も、遺族の会で出会った方のお宅にお世話になりました。
その方は息子さんを亡くされています。
滞在中は、やっぱり息子さんと有希の話しになります。
今回も色々と話をしました。

そして、訪印するまえに不思議なことがありました。
以前、左目のことを書いたことがありますが、治療のためには、手術か注射しかないという選択に迫られていました。
しかし、まだ国で認可されていないその注射のことを調べると、結局は抗がん剤であり、副作用もあることも分かり、手術を選択することにしていました。
そんな時、とても不思議な夢を見ました。

「ママ、こっちで治療したから、もう治っているよ。インドでゆっくりしてリハビリしておいで」と、有希が言った夢でした。
いつもは、有希に会ったことを覚えていても、内容が曖昧ではっきりしないことが多く、悔しい思いをしていました。
でも、その時は「昨日有希が来た」という思考のまま目覚めたのです。
私は信じました。
そして、確信しました。
もう手術も注射も必要ないと・・・・

そして、インドを満喫してきました。
帰国して2週間後、病院の予約が入っていました。
注射治療の選択の返答をする日でした。
私は「アバスチン注射はしません。治療が必要であれば手術にします」と言いました。
先生は「分かりました。」と言って、いつものように検査に入りました。
そして・・・
「うんん・・・よくなるってことはありえないんですがね・・・良くなっていますね。どうですか?」と言われました。
私は『やっぱり』と思い。「はい、調子はいいです」と答えました。
先生は「この様子でしたら、今のところ手術も必要ないですね。良くなることはないんですがね・・・前回のレーザー治療が効いたのでしょうかね・・・」と言われました。
でも、前回、先生はレーザー治療ではもう良くなる要素がないから、10発以上打ってもしょうがないと言われました。
西洋医学では辻綱が会わないことは認められないからかな?

でも、私は信じています。有希の言葉を。。。

そして、その一ヵ月後。月一回の検診日がありましたが、現状維持で調子がよく。先生も「良好ですね」と言って下さいました。

みなさんにも色々と心配をおかけしました。
アバスチンのこともアドバイスを下さって本当に感謝しています。


そして、先週の木曜日から今週の火曜日まで、韓国へ行ってきました。
有希は小学校5年生のときに、ホームステイで訪れた韓国。
どうしても、触れてみたい感じてみたかった。
パパと二人で行ってきました。
同じホストのうちにお世話になり、有希の食べたもの、有希がお土産を選んでくれたお店。有希がキャンプした海。
短い日程の中で、有希の二週間が凝縮され体験させてもらえいました。

泣きました。
涙が溢れました。
どんなふうに感じたのか、何が美味しかったのか、何が気に入ったのか、何に戸惑ったのか・・・・
そんなことを考えながら、涙が溢れて止まりませんでした。

でも、訪れて本当に良かったと思います。

素敵な家族でした。私たちのために、有希の話をたくさんしてくれました。
時には涙を浮かべながら・・・

yuki-koria1.jpg

(日本にはない有希の写真もありました。かわいい笑顔です♪)



ちょっと多忙な・・・そんな数ヶ月を過ごしていました。



そして、少し前から考えていたことですが、一旦ブログを止めようと思います。

またいつか、書き出すこともあるかも知れません。

今まで、読んでくださった方、本当にありがとうございます。
深く深く感謝しています。
コメントくださった方々にも感謝しています。

人の支えがなければ、私は今ここを生きては居ないと言えます。
多く方々の支えがあり、私は今を生きていられるのだと思います。
本当にありがとうございました。

5月には警察で、6月には浜松の高校で、交通事故にまつわる講演の依頼を受けさせていただいています。

今後も、交通事故の現実、闇に葬られる真実、遺族の苦しみ、被害者の無念、司法の現実。そして・・・命の尊さ。

私の出来る範囲内で訴え続けて行きたいと思っています。

永い間、本当にありがとうございました。

みなさんの今後の幸せを心から祈っています。

全ての人の心に平安が訪れますように・・・・


posted by yuyumi at 21:13| 愛知 霧| Comment(21) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月19日

哀しみと・・・喜び

一年の中で一番気持ちの重い月。3月。

3月3日は、昨年からのお気に入り、二段のお雛様ケーキをお供え。
散らし寿司も作ってお供え。
有希はお刺身が大好きだから、たっぷりとのせました。

080303.jpg


080303-1.jpg


3月10日はパパの誕生日。
ケーキに大きい蝋燭を5本と小さい蝋燭を○本立ててお祝いしました。
080310.jpg


3月14日、バレンタインディーのお返しにと、長女と三女と有希へ同じ内容のお返し。
私にはちょっとリッチに差をつけてくれました♪

3月17日、有希の月命日。

翌日、3月18日は有希の誕生日。
今年はパパがケーキを頼みに行きました。
「おめでとうございます」と言われて・・・涙をこぼしていました。
有希が旅立ってから3回目の誕生日になります。

080318-1.jpg


蝋燭の本数を伝えるときのなんともいえない感情。
胸が締め付けられるように痛く・・・
パパも同じ体験をしたのです。

今年の有希の誕生日には不思議な『縁』がありました。

実は、我が家に「トイプードル」がやってきたのです。

三女は犬を飼いたいと言い続けていました。
有希もお友達との交換プロフィールに、今欲しいもの『犬』と書いていました。

引越しをして、犬を飼える状況になったので、飼ってもいいかなと考えてはいました。
でも、なかなか踏み切れませんでした。

一週間ほど前、私が長女に「犬を見に行きたいってうるさいんだよね」と、三女の訴えをぼそりとこぼしました。
長女が私の話を聴き終えるやいなや「あーーー!!!」と、すっとんきょうな声を上げ「ゴメン。忘れてた」と。
詳しく話を聞いてみると、友達から「犬をもらってもらえないか」と言う話があったそうです。
長女の友達の同級生の親御さんが、ブリーダーさんで、理由があって全ての犬の引取りを探しているとのことでした。

その場ですぐに長女の友達にメール。
長女がすっかり忘れていたので、話があってから随分日にちがたっていたようです。

ほとんどの犬は引き取られたのこと。
でも、有料になるけれど、1月19日生まれのトイプードルがいるよ。とのこと。
翌日、パパと三女と私が面会。

会ってしまったらダメですね。
その時点でかわいくなってしまう。
飼うか飼わないかまだ決まってもいないのに『ブラッキー』という名前までつけて・・・

そして、なんとなく思ったのです。

健康診断も予防接種もまだですが、引き渡すとしたら、その二つを終えてからでないと、お渡しできません。
と言われていました。

それでも、なんとなく、ふっと思ったのです。

もしかすると、すごく急な話だけれど、有希の誕生日3月18日に間に合うかもと。

ブリーダーさんに電話してみました。
「えっと、健康診断は今日行ってきました。異常はありませんでした。予防接種は・・・してから3日ほどは様子を見たいので・・・」
私が「娘の誕生日が18日なので、急な話ですがその日に迎えれると嬉しいのですが」と言うと、
「そうですか。おめでとうございます。そうですね18日に引き渡せるように、明日予防接種に行って様子を見ましょう」と言ってくださいました。

昨日、有希の誕生日に我が家に小さな犬が来ました。


思ったのです。
本当に、ふっと・・・


有希の誕生日に来たけれど、有希からの私たちへのプレゼントだと。


遺族の会でご一緒の方から昨日電話があり、ちょうど犬の話をしていました。
その方もお子さんを亡くされてから犬を飼われています。
まるで子供のようにかわいがっています。

彼女は、「天国であっているのよ」と。

娘と犬は天国であってきているのだと。
私も息子がこのこと会ってきていると思ってるから。と言われました。

今年の3月は、深い哀しみとともにではあるけれど、喜びを感じられる3月でもありました。

妹と弟夫婦と父と母も、卒業のお祝いと、お誕生日のお祝いと、月命日のお参りにと、それぞれ訪れてくれました。

ブリーダーさんからは、プードルの顔をしたお花をいただきました。

080318.jpg


仏壇の前は華やかになっています。

みんなの気持ちが嬉しくて、
ブラッキーの様子がかわいくて、
dog1.jpg


救われています。


ママは有希が送ってくれたのだと信じています。
ありがとう。
かわいがるからね♪

posted by yuyumi at 18:13| 愛知 霧| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月06日

卒業おめでとう☆

有希の卒業式、参加してきました。

素敵な、とても感慨深い式でした。

子供たちの合唱のすばらしさ心打たれ、参加してよかったと思いました。

出かける前、シャワーを浴びながら声を上げて泣いていました。
パパが「泣いているの?」と覗きにくるほど・・・
昨夜も泣いていた。
これだけ涙を流せば、会場でこぼれる涙は残っていないだろう。
なんて、思っていたけれど、涙は枯れることがないことを再確認していました(笑)

溢れる涙を止めることは出来ませんでした。

途中、酸欠状態で頭が痛くなるほど・・・一生懸命深呼吸したり、上を見つめて冷静になろうと努力していました。
無駄な努力だったけれど、最後まで退席することなく参加できました。

卒業生の名前としては呼ばれませんでしたが、校長先生の挨拶で有希のことを話してくださいました。

『有希ちゃんの笑顔をみんなの心にとめてください』というようなことを言われました。
ちゃんと聴いていたのに、記憶がはっきりしなくて・・・
校長先生も涙声になり、詰まりながらも、有希の話をしてくださったことに、心から感謝しています。

式の始まる前にも、校長先生や他の先生からも、三女は声をかけられていました。
「頑張ってね」と。
三女は一筋の涙もこぼさず、有希が生前大事にしていたスヌーピーのぬいぐるみを、必死で握っていました。


帰宅後、なんだかぐったりして、今まで眠っていました。
まぶたが重いです・・・(笑)


本当に素敵な式に出席できて良かったです。
子供たちの綺麗な歌声にも感動しました。
きっと、有希もニコニコしながら会場のどこかにいたと思います。

思い起こしてみれば、音楽会にも、体育大会にも、稲武(野外学習)にも、修学旅行にも、有希は一緒に参加していると思います。
先生が写真を持っていってくれたり・・・
そして、だれか一人でも心の中で有希を思っていてくれれば、有希も一緒に参加していると言えるのだと、そんなことを考えていました。


そんな思いを証明してくれるかのように、今日は嬉しいメールを2通も受け取りました。

一通は、長女の友だちのママからです。
彼女は中学校に在籍する子供は居ないのですが、今日が卒業式だと知っていました。
『今日、卒業式だよね!?
行くの!?行っても行かなくても辛いと思います。
でも、がんばって見届けてください。
月日がたつのは早いな・・・と思います!
変わらないのはゆきちゃんだけだね!!』
私がこれから行くよと返信すると、
『行ってらっしゃい!!
ゆきちゃんに卒業おめでとう・・・と伝えてね!!』
と・・・嬉しかったです。

そして、もう一通です。
長女と有希が同級生の友達ママからです。
途中だけの抜粋ですが・・・
『いやぁ、泣けた。
校長先生の話もそうだけど、みんなの歌声がぐっと胸にしみました。
現実には見えなくても、私の中では笑顔で誇らしげに歩いている有希ちゃんの姿もしっかり見えましたよ。
今日は久々にいろんなお母さんと話してて、つくづく人とのつながりは時間の長さや量じゃない、”質”だと思いました。
有希ちゃんの存在は、生きた時間の何倍もの質を持っていると思うよ。
これからも・・・ね。
本当におやことも、3年間よく頑張ったね。
卒業おめでとう!』
と・・・嬉しかったです。

昨夜は、小学校から有希と同級生だったママ友達にも会いました。
私は明日の式に出席することを伝えると、
『三年になるということだね。と息子と話していたのだよ』と言われました。



有希は、三年間、色々な人の胸の中に、確実に時を刻んできたのだと・・・
そう思えました。

確かに、辛く哀しみ深い式ではありましたが、これもひとつの『幸せ』として胸に刻みたいと思います。

有希もきっと、そう望んでいることと思います。


出席させていただいたこと、暖かく見守ってくださった先生方、有希の同級生、お友達、ママ友達、そして、涙をこぼさなかった三女。
必死に我慢して男泣きしていたパパ。
心配してメールをくれた長女。

最後に、有希・・・

みんなに心から深く感謝しています。
本当にありがとう!!!!!


有希!!!!!!
卒業おめでとう!!!!!!


posted by yuyumi at 16:29| 愛知 霧| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月04日

三女の涙

昨日、三女はぐったりと疲れ果てた様子で、学校から帰ってきました。

中学校で『三送会』という会があったのです。
三年生を送る会を略して『さんそうかい』と呼んでいます。

有希は中学に入学したときこの『さんそうかい』を楽しみにしていました。
それは、小学校6年生のときに、やはり同じように6年生を送る会がり、それがすごく楽しかったと言う話をしていたときにさかのぼります。
有希の幸せ気分をぶち壊すように長女が一言「そんなの中学校のさんそうかいに比べたら、比べ物にならないよ」と。
有希はへこみました。
そして、中学校入学のときから『三送会』を楽しみにしていたのです。

三年生だった長女を送るはずの一年生の有希。
結局、送るという体験すら出来なかった。

そして、昨日、一年生の三女に送られるはずの三年生の有希の姿はありませんでした。

それが、三女にはどうしようもない苦しみであり、悲しみであり、辛い時間だったようです。
自分でも驚くほど泣いた・・・いえ、声を上げて泣きじゃくってしまったと言っていました。

周りの友達や先生も驚き、事情を察した先生から「これから、スライドが始まるから、お姉ちゃんの姿が無いかもしれないし・・・辛かったら後ろに居るから、いつでも抜けておいでね」と声をかけてもらったようです。

自分でも、どうしていいかわからないほど泣いてしまった。
止めることが出来なくて、ビックリしてしまった。
友達や先生にも迷惑をかけてしまった。
と言っていました。

私が想像する以上に激しい泣き方だったようです。

夜、有希を最後まで受け持ってくれた先生から電話がありました。
三女を心配しての電話でした。
そして、卒業式の日を案じての電話でした。

少し話しをしました。

有希は絶対に、ニコニコ笑顔で卒業式の会場にいる。
居ないと思ってしまうと、悲しみがあふれ出して止まらない。
だから、有希もいると思って一緒に参加してあげて。
というような内容の話をしてくれました。

そして、今日はいい機会だったのかもしれないね。
いきなり卒業式ではなくて・・・心の準備になる・・・そう思うといいね。
とも言ってくれました。


三女の涙は、深い哀しみとして私の心の奥深くまで染み入っていきました。

どれほどの哀しみを抱え会場にいたのか・・・そう思うと胸が張り裂けそうです。

いつもは、思わないように考えないように努力している加害者への怒りが、言いようも無くふつふつと湧き上がって来ました。

有希の命を奪い、今、心豊かに成長しようとしている三女の心にまで、暗い影を落とす原因を作った人間。

考えるのも思い出すのもいやだけれど・・・本当にやりきれない。。。



posted by yuyumi at 01:51| 愛知 霧| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月01日

自信が無い・・・

今日、三女が金曜日に中学校からもらってきていた封筒を差し出してくれた。

A4サイズの茶封筒に、主人と私の名前が連名で綺麗に書かれていた。
その封筒を受け取って開こうとした途端、涙が溢れてきた。

『有希の卒業式の案内』

一ヶ月ほど前、有希のことを「三年間担任としてみます」と言ってくれた先生から電話がかかって来た。

「卒業式3月6日ですが、出席されますか?」と。

是非、出席させていただきますと答えて電話を切った後、泣き崩れてしまった。

副担任の先生と担任の先生お二人で、校長先生に「有希の名前も、卒業生の一人として読み上げて欲しい」と、頼んでみましたとも言ってくれました。
残念なことに、名前を呼ぶという決断にはいたらなかったようですが、先生の気持ちがすごく嬉しかった。



茶封筒の中、卒業式の席表が入っていました。
その席表を手にした瞬間に、今まで我慢していた色々な思いが、すごい勢いで交錯して、溢れる思いをどう処理していいか分からない・・・


本当に出席できるだろうか。
有希の制服を着て通っている三女。
三女もその制服を着て卒業式に出席すると言ってくれている。


本当は居るはずの娘の卒業式に私は、本当に出席できるのだろうか。

自信がない。


でも、出席してあげたい。
せめて、有希の変わりに、パパと私と有希の制服に身を包んだ三女と、ともに・・・


三月は嫌い。
おひな祭りと、パパの誕生日と、ホワイトデーと、有希の誕生日がある。

行事がたくさんある3月は嫌い。


今年の3月は、時にいや。

有希はどの高校を受験しただろうか・・・
どんな制服に身を包むことになったのだろうか・・・


色々な思いが溢れる。


posted by yuyumi at 23:53| 愛知 霧| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月16日

うー悩みます。

昨日から、ちょっと悩み事です。
二者択一を迫られていて、でも、どっちも選びたくなくて・・・
というわがままな話です(笑)

昨日、左目の治療のため大学病院へ行ってきました。

先週の金曜日再検査に行った結果、一週間後の15日にレーザー治療ということになっていました。
ただし、再検査の結果、レーザー治療をしても、あまり効果は見込めないかもしれないと言われていました。
その場合は、手術しかないとも言われました。
でも、若い人が手術をすると、目の環境が変わってしまい、白内障になったり、老眼を早めたりする結果になるリスクを背負っているため、なるべく避けたいとも言われました。
手術も、以前はとてもリスクの高いものだったらしいのですが、今は技術や機械が新しく導入され、それほどの心配はないそうです。
ただし、入院が必要となるそうです。

先週、その説明を聞いて、パパと二人で「先生の口ぶりではレーザー治療の効果が見込めなさそうだね」と話していました。

そして、昨日、担当の先生は、本当に優しく親切にレーザーを打ってくれました。
前回と同じ治療方法かーーーと思うほど(笑)
もっとも、前回は40発ほど打ったのですが、今回は10発ほどでした。

その理由は、結局レーザー治療しても効果が見込めないと分かってしまったからだったのです。

先生は「まだ若いのでなるべく手術は避けたいです。そこで色々考えたのですが、アバスチンを投与するという提案があります」と言われました。
どうやら、まだ国で認可されていない薬による治療の提案だったようです。
いわゆる臨床(実験)ということなのです。
アメリカでは認可されているそうなのですが、日本では5年ほど前から臨床が始まった薬だそうです。

その薬の投与をするか、手術をするかの方法をとるしかないそうです。

両方を選択したくない。のが私の正直な気持ちです。

ですが、このままの状態では、絶えず眼底出血を繰り返してしまうことは否めません。

私の病気は、もともとは『網膜静脈閉塞症』という病気でした。
ですが、その病気があるがために、悪い血管(細いとか切れやすいとかの血管)が、増えていって硝子体や網膜に侵食していってしまうようです。
『血管新生因子』というものだそうです。

二者択一を迫られて、ちょっと悩んでいます。

「臨床段階ですから、10年後20年後にどのようになるかは分かりません。ただし、アメリカでは認可されて10年ほどになります」って言われてても・・・
そして極めつけは「アバスチンを投与しても効果が表れない場合があります。その場合はもう手術しかありません」って・・・
効果なかったら、両方・・・(;一_一)

両方やらない!!!!!!!!!!!!!!!!!

と言い続けている私は、まったく子供ですね。
でもいやなんです!!!!!

二週間後に返事をすることになっています。
もう少し調べて考えようと思います。

何か情報をお持ちの方、是非、お知らせください。


posted by yuyumi at 23:01| 愛知 霧| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月14日

変えてみた。

昨日、雛人形を飾った。
七段飾りのお雛様だけれど、全部を出す気にはまだなれず、お殿様とお姫様の親王だけ。
お二人にとっては実に四年ぶりの外の空気(笑)


ohinasma.jpg



昨年、日記『ひな祭り』にも書いたけれど、お雛様を飾ることは出来なかった。

そして、義母が主人経由で「飾らない?」と伺いをたててきたことも、少しショックだった。
まだ、到底そんな気になれない。

でも、お雛様のことを考え、長女や三女のことを考え「飾らない?」と聞いてくれたことは理解が出来た。
それでも、ちょっと悲しかった。
「そんなに気持ちになれるわけないじゃん!!!」それが正直な気持ちだったから。
義母の気持ちはすごく分かったけれど・・・反発心があった。

今年も、義母は遠まわしにお雛様の話を主人にした。
遠慮がちに。

今回は、少し考え方を変えてみた。

いつまでも抵抗を持ち続けていたら、義母の言葉は信じられないというか、もっと私の気持ちを理解してよ!!ということになってしまう。
どこまでいっても、私の気持ちは分かってくれないのね。となってしまう。

だから、少し変えてみた。
義母が言っているのは、天国の有希が義母を通して私に伝えているのだと思ってみた。
というか、なんだか、妙にそんな気がした。

有希が「ねえママ、そろそろ飾ってくれないかな?私も見たいよ」
そう言っているような気がした。

そう思ったら、義母の言葉が不思議と心に刺さらず、優しい感じとして届いてきた。

だから、思い切ってお雛様をとりにいった。
いつもは岐阜の家で飾っていたけれど、今年は名古屋で飾ろうと思って、パパの仕事が休みの火曜日にとりにいった。

でも、七段飾りはまだ無理だなぁ〜と思って・・・
もう少ししたら・・・来年か、もっと先か、いつか以前のように飾れることもあるかもしれない。


リビングに飾ったおお雛様を、長女と三女がしみじみとながめていた。
「いい顔してるよね。久しぶりに見たね」なんて会話をしながら。

そして、仕事から戻ってきたパパは「ここに飾ったんだね」とだけ言って泣いていた。

毎年、小さな頃から三人姉妹が手伝ってくれた飾り付けと片付け。
色々な思いが交錯して、私も飾りながら泣いた。

でも、考え方を変えてみて、飾ってよかったと思う。
有希の「かわいい〜」という声が聞こえているような気がするから。

毎日、数分ながめて、毎日大きなため息をついてしまうけれど。
でも、良かったと思う。


有希!!
ママ飾ったよ。見に来ている?
いつか、また三人官女や五人囃、右大臣や左大臣、七人雅楽、三人仕丁も飾れる日くるかもしれない。
そんな日を待っていてね。
有希・・・



posted by yuyumi at 23:30| 愛知 霧| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

かわいい♪

昨日、久しぶりに東山動物園に行ってきました。

北海道の旭山動物園の影響でしょうか、東山も随分と色々な創意工夫がされていました。
子供たちも結構喜んでいました。

東山動物園は家の近くにあります。

三人姉妹は友達や姉妹でよく出かけていました。
自転車でも30分程度で着いてしまいます。
中学生までは入場料も無料です。
子供たちにとってはお出かけするのにちょうどよい条件のようです。

有希もよくお友達や姉妹と来ていました。

昨日のお出かけは、有希が旅立ってから初めてのことでした。
だから、娘たちと来るのも久しぶりです。

今回は、ベトナムの男の子を一泊二日で受け入れをしていたため、
どこかにお出かけしようということになり、動物園ということになったのです。
前日の雪もあり、近場のお出かけとなったのです。

でも、これが大当たり。ラッキーでした。

実は、コアラのところで、小さなかわいい赤ちゃんを見れたのです!!!
もう大感激。
コアラの前から動くことが出来ない・・・
小さな赤ちゃんが必死に母の背中にしがみついていました。
koara1.jpg   

koara2.jpg
koara3.jpg
私は、幼稚園の遠足が東山動物園でした。
だから、もう何十回と東山に来ていますが、こんなに興奮したことは多分始めて。

本当にかわいかった♪

おまけに、前日に積もった雪のおかげで、色々なところに雪で作った動物たちがいました。
elephant.jpg
スタッフさんの努力ですね。
旭山のいい刺激を受けているなぁ〜と思いました。


posted by yuyumi at 22:50| 愛知 霧| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月07日

再検査

明日は左目の再検査があります。
造影剤を点滴で入れて眼底写真をとります。

今年に入って、立て続けに二回の眼底出血を起こしました。
一回目は1月の20日。
その前日、有希のことでひどく落ち込んで、狂ったように泣いていました。
次の日、左目の視界が・・・

そして、二回目の眼底出血は2月1日。
前日、些細なことで家族全員でいさかいを起こしてしまった。
その時点で、ちょっとまずいなと思っていたけれど、案の定、翌朝の視界が・・・
一回目の眼底出血が落ち着き始めていたところだったのに・・・


だんだん、限定出血する前触れみたいなものが分かるようになってきました。
血圧が上がるというか・・・精神的に大きな負担がかかり、心のゆとりもなくなり、もうこれ以上はダメ!!!といった状態のとき。
多分、血圧が上がっているのだと思う。
その翌日、顕著に現れるような気がします。

どちらにしても、以前の眼底出血のときに、頻繁に起こるのはよくないと言われていた
ので、ちょっとドキドキしながら、月一回の検診に訪れました。
それが今週の月曜日。

12月の眼底出血は、年齢的なことが関係しているもので、そんなに深刻ではなかったのですが、今回の場合は6月に患った大元の病気『網膜静脈閉塞症』が関係しているようです。

多分、眼底の血管に細いところか、もしくは弱いところがあり、その箇所から何度も出血しているでしょう。とのこと。

明日の検査の後、再度、レーザー治療をします。と言われてしまった。
私はおもわず、間髪入れず「えーーー。レーザー治療ですか」と言ってしまいした。
先生は「いやですよね」と言ってくれました。
私は子供ように「はい。いやです」と答えました(笑)

先生は「今回は私がやりますので。ゆっくりやりますから」と言われました。

実は、以前のレーザー治療で、私は子供のように大泣きしてしまったのです。
先生は痛かったのだと勘違いして「大の男の人でも泣きますからね。痛かったですよね」
と、優しく声をかけてくれたのです。
でも、本当の理由は、悲しみと悔しさと情けない気持ちで涙を止めることが出来なかったのです。

それは、レザー術を担当した医師がすごく怖かったからなのです。
まぶしいのと何ともいえない鈍い痛みに耐え切れず瞬きをしてしまう私に、すごく大きな声で威圧的に怒る、いえ、怒鳴るのです。
自分では必死に目を開けて、先生が治療しやすいように努力しているつもりなんですが・・・
もともと目が細いからかもしれませんが・・・

「本当に医者としては失格でしょ!!!」と思いました。
主人に「もしここでもう一度レーザー手術だと言われたら、病院かえるから」と、帰りの車の中で泣きながら訴えました。

私が大げさでなかったと思うのは、帰り際に看護師さんが「ごめんなさいね」
と謝ったことからも推測できると思います。

そんなわけで、レーザー治療は二度とゴメンだったのです。
でも、担当医師が「今回は私が・・・ゆっくりやります」という話は、
なんとなく、以前の様子が伝わっているのではないかと思うのです。
看護師さんが報告していたのかな?


よっぽど酷かったのだと思う・・・
看護師さんは、私の背中を何度もさすってくれて謝ってくれたし・・・
思い過ごしではないとおもう(笑)
その日、予定していた患者さん以外に、緊急として私のレーザー術が入ったようでした。
だから、カルテをまわされた時点で、ちょっとぶーーーとした顔をしたのです。
でも、結構イケメンの先生だったので、だまされてしまった・・・(;一_一)
きっと、早く仕事を済ませたかったのではないかな?
さっさと済ませたいという焦りが見て取れましたから。

ということで、明日の再検査。
理由も分かっているし、これ以上悪くなることも無いので、心配はありませんが、レーザー術はいやだなぁ・・・

担当医の先生が優しいから、それだけは救いだけれど。
ちょっと緊張です。








posted by yuyumi at 22:34| 愛知 霧| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする